代々木上原、富ヶ谷から神山町のあたりは一体どうなっとんのじゃという複雑な凸凹地形で、これ、あーた、建物がなければ普通に深山幽谷ですよ、幹線道路を外れた途端に急な坂と行き止まりだらけの細い道が複雑に絡み合って、どなた様でも簡単にご遭難していただけるんである。
そうなんだ(駄洒落である)それならばと、地形の記憶を頼りに平らな谷あいを行こうとすると、そこは代々木八幡の駅、小田急線の踏切が立ちはだかる。
朝なんか全く開かない、いわゆる「開かず」ってやつだ。
行き交う通勤電車に時折混じっているのはロマンスカーで、これががまた実に優雅でコノヤロウ、人の神経を逆撫でしやがる。こんなとき我々は社会の歪みと富の偏在に想到せざるを得ないんである。
「温泉ですかい。いいですね、こちらは箱根レヴェルの坂道を人力で越えてる最中でございまして、まことに楽しゅうございますよ、いってらっしゃいやし」
笑顔でお見送りである。
さて、そうやってやっと辿り着いた神山町に、一階がニュージーランドなカフェ、二階より上がニュージーランドなレストランという、まさにニュージーランドテーマパークな建造物が登場した。
最寄駅/小田急線 代々木八幡駅 徒歩8分
所在地/渋谷区神山町42-3-1F
電話/03-5738-7246
価格/エスプレッソ400円 ロングブラック400円
駐輪場/無 店の隣りに数台置ける
その他/原則エスプレッソ系のみで稀にドリップコーヒー有
なぜこんなところがニュージーランド化しているのだろう。
それは解せなかったのだが、このカフェのロングブラック(エスプレッソのお湯割)は非常に美味しかった。果実のように芳醇で深い、パワーと輪郭もキリッとあって、とはいえめちゃめちゃ苦ぇえとか強ぇえとかではなく、むしろ苦味は抑えてある。すんばらしい。実に豊かで濃厚な味わいである。
このうまさは不穏…。不穏なほどのうまさを湛えた液体であった。諸君、これはなにかある、油断してはいけない。
この豊かな味わいに満足しきって店をあとにし自転車で走り始めた私の前に帰りは帰りで急な坂が立ちはだかる。だがいまや私の体内には満足感とカフェインが溢れている。
んな坂ラクショーよかかってきやがれってんだ。
一気に上り詰めてたところで勝ち誇った私はドヤ顔を持ち上げるのだ。だがそこで、同時に、愕然ともさせられたのだった。眼前に厳然として出現した巨大な要塞は?それはニュージーランド大使館だった。
そうか、そういうことだったのか。
考えてもみ給え。ロングブラックはアメリカーノと似ていて、どちらもエスプレッソのお湯割であって、コーヒーとお湯の注ぐ順序が逆であるという点を除けば基本的に同じものである。
我々素人には、わざわざロングブラックと馴染みのない呼び方をしていただかなくても、すでに定着しているアメリカーノと呼んでいただいてとくに不自由ではない代物なのだが、だが彼らはなぜかその呼び方にこだわりその「わざわざ」をやっている。
これは、思うにアメリカーノをロングブラックへと呼称変更させることによって、日本と米国との同盟関係にヒビを入れオセアニアに接近させる第一歩、そのための潜在意識への刷り込み作戦に相違ないのである。
その証拠に、そこらのアメリカーノのに比べこのロングブラックは確実にうまい。この味の差を持って「アメリカちゃいますやろ?やっぱり南半球でっしゃろ?」と南半球弁で我々の潜在意識に呼びかけているのだ。油断してはいけない
坂の上で愕然とした私は落合信彦並みの「トンデモ系叡智」でもって一瞬でその国際的野望を悟った。あの国は、大使館が主導する形で神山町西側の植民地化を進めている。その作戦のクサビにあたるのがあのニュージランドテーマビルで、その芳醇なロングブラックの味わいによって我々を着実に洗脳しつつあるのだ。
このままでは神山町の山手通り寄りの一帯はニュージーランドに占拠され治外法権を宣言されてしまうのだろう。よく考えればあの東南に面した山肌とも言える急坂の一帯は羊の放牧には最適ではないか。
彼等は誠に賢く手強いのだ。油断してはいけない。