メニューは無い。あなたは不思議な気持ちでカウンターに座る。そしてどんなコーヒーが飲みたいかバリスタに伝えるのだ。詳細に、できるだけ詳細に。するとどうだ、目の前には思い描いた通りのコーヒーが、たちどころに出現するだろう。
大切なことは、バリスタはあなたの好みに最も近いコーヒーを選択してくれてるのではないということだ。そうではなく、異なった豆を選択、ブレンドして、今日のあなたが最も飲みたいコーヒーを1から作り上げてくれるということだ。
スーパーパーソナライズドコーヒーである。
でも信じられる?確かに理論上は可能だけど事実上不可能じゃないか?
考えてみても欲しい、それを実現するために何が必要かということを。 もちろんブレンドについての深い造詣と信じられないほどの高度な技術。それに加えて、ランニングコストの問題もある。大体、あらゆる味を表現するためにいったい何種類もの豆を仕入れなければならないのか見当もつかない。そんなに在庫抱えて大丈夫?さらには仕入れたら仕入れたで、豆それぞれに何種類もの異なった焙煎を施すという手間。 例えば、コロンビアの浅煎り中煎り深煎り、エチオピアの浅煎り中煎り深煎り、というふうにね。そんな時間あるの?無理だよ、無理に決まってる。
だが、2017年5月、渋谷区神山町にそれが可能だと唱える人々が現れた。
CAFE ROSTORO/喫茶ロストロである。
最寄駅/小田急線 代々木八幡駅 徒歩6分 千代田線 代々木公園駅 徒歩5分
所在地/渋谷区富ヶ谷1-15-10
電話/03-5452-1450
営業日/日〜土8:00~21:00 無休
価格/テイクアウトまたはテラス席利用350円〜 イートイン650円〜
焙煎/自家焙煎
BGM/昭和歌謡!昭和のニューミュージック!
駐輪場/なし、店の隣や面している遊歩道に数台置ける。
トイレ/ウォシュレットなし、入り口付近、喫茶室から離れていて入りやすい
http://rostro.jp/
わしはいつもと変わらない余裕の面持ちでマウンドにゆっくり向かいながら、つぶやいた。
「そこまで言うのなら、わしのくせ球を見事打ち返せるか、見せてもらおうじゃないか」
対戦相手はロストロ球団である。(昭和の野球漫画「アストロ球団」を知ってる方も知らない方も、本稿これから昭和の野球、スポ根モードに入るんである)

テラス席
♪1回の表、ロストロ球団の攻撃は、1番、ファースト、お弟子さんA、背番号3♪
「いらっしゃいませ どのようなお味がお好みでしょうか」
若いバッターがリラックスしたフォームでバッターボックスにお出ましだ。だがその笑顔も今だけだろうよ。ふふふ、まずは1球目、挨拶がわりの内角ギリギリ、体に一番近い危険な球で、早々にのけぞってもうおうか。
「明るい酸味はもちろんのことだがフルボディの赤ワインのような重い質感も出して欲しい」
どうだ、名付けて魔球「全部入りお願いします」だ、手も足も出まい…。
「おまたせしました。お客様のおっしゃる果実味を出すためにエチオピアのナチュラル、ワインのようなボディ感を出すために同じくウォッシュトを組み合わせ、まろやかさを出すためにブラジルを少々加えて、温度や抽出方法、微粉の混じり具合など考えてアレンジしてみました、お召し上がりください 」
ゴクリ…なにぃ!ほぼわしのイメージ通り全部入っていやがる。この危険な球を真芯でとらえてきやがった。なんだこの深い味わいは、こ、これは…どういうことだ!
カッキーン…わしは美しい打球音の残響が脳内に広がっていくのを感じた。
振り返ったわしの目は、小さな白い打球が、背走するセンターの向こう側、バックスクリーンに消えてゆくのを捉えた。
ロストロ球団ホームランで1点先制である。
♪二番、セカンド、オーナーさん、背番号1♪
渋い打順に居るがこの男がこのチームの主将らしい。なるほどな、ならばこっちもウイニングショットをお見舞いするぜ。自分でもどう変化するかわからない悪魔のナックルボールさ。あんたが見たこともないような球筋を味わってもらおうじゃないか。
「えーと、は、歯、歯磨き粉みたいな味のやつをください」
名付けて魔球「意味不明ちゃん」、喰らえ!
「うわぁ(笑)、歯磨き粉がお好きなんですか」
いいぞ、驚愕してやがる。わしは続けた
「サンスター?なんつーかハーブみたいな、フェンネルみたいなとでもいえばいいか」
「あ、そっちですかあ、なるほどねえ」
これで空振りを取れる、わしは自信満々だった。だが、オーナーは巧みなバットコントロールで食らいついて来た。
「インドネシア系の豆、スマトラとか数種類でまとめてみました。それにちょっと感じを出すために変わった焙煎のちょっと枯れたような普段使わない豆を10%ほど」
ゴクリっ…なにっ!?カッキーン!こ、これはさっきも聞いた美しい音、脳内をリフレインするぜ。完璧だ、というより私の予想を上回って「大地」の雰囲気も感じさせるアーシーなすげえやつを出して来やがった。まろやかさも果実もハーブのような後味もありやがる。美味い!
そんでもって、センター背走しいの、打球は柵超えしいの、ロストロ球団2点目なんである。
♪3番、サード、お弟子さんB、背番号5♪
「前回は清涼感をお求めになってましたね今回はいかがいたしましょう 」
しまった前回の俺の球筋まで覚えているのか。ちきしょう…。待て、ここで動揺を悟られるのはまずい。そうだ、裏の裏をかいて前回と同じ球を思いっきり投げ込んでやる…
「この前オーナーさんにお願いしたのとほぼ一緒の感じでおながいちまつ」
「この前はオーナーのやり方でしたが今回は私なりのアプローチで作らせていただきます」
そしてでました美しいヒット音「カッキーン」美味かったという記憶だけで朦朧としたわしはその後のことは覚えていない。撃沈だ。いわゆる火だるまである。わしの3つの難問は3人の打者に全て見事に打ち砕かれ3球ともバックスクリーンまで飛んで行った。ぐぬぬ、私負けましたわ(回文)
「今日はこのくらいにしてやる、またな」
一死も取れなかったわしはそう捨てゼリフを残しマウンドを去るしかなかった。
昭和なみなさんは1985年の阪神タイガースを覚えておいでだろう。バース、掛布、岡田の揃い踏みバックスクリーン本塁打三連発である。皆さんも是非あの日の槇原のようにロストロ球団の変幻自在な打撃に打ちのめされに行っていただきたいんである 。
ところで、本稿、昭和カルチャーにどっぷり漬かっているのにあながち理由がないってわけではない。
このカフェのインテリア、トータルコンセプトが「昭和」なのだ。店内には懐かしの「ニューミュージック」、チューリップ、ハイファイセット、それに「翼をください」なんかがJBLのスピーカーから溢れ出している。店内がほぼ木材で覆われているので音楽の響き方が落ち着いていて豊潤なのだ。それに合わせるようにオーナーさんやバリスタさん達が揃いのデニムのエプロン、それにナイーブなヘアスタイル、まるでポプコン出場のフォークグループのようにそこにいる。なんか唄ってほしい。その際には私に作曲のご発注を、翼を仕事をください、なんである。
それにカタカナ表記時のこのロゴ。こういうレトロなイタリックなやつ素敵ですよね。「バスタ新宿」のロゴと同じようなテイスト、この郷愁が私は好きだ。でも不思議よね、彼ら若いんですよ、昭和を懐かしがる年齢じゃない。昭和テイストというのはもうひとつのファッションのスタイルなんだろうな。

ロゴ、見えにくい写真でごめんなさい
最後に、冒頭の素朴な疑問を解決しておこう。
そんなに多種多様な豆を買い集めて大丈夫なの?
いろんな種類の焙煎してる時間あるの?
に対する答えである。
結論から言えば大丈夫、心配ご無用。こちら、実は神山町の地に業務用焙煎所としてもう15年存在し続けている。カフェはそのアンテナショップなのだ。元々、多数の取引先に、ありとあらゆる種類のコーヒー豆を卸してたわけで、このカフェは豆の博覧会に併設されたイートインコーナーのようなもんなのだ。
それから焙煎だが、すげえんだぞこれが、って私がドヤ顔してる筋合いないんだけど、隣の焙煎部屋には、焙煎機界のランボルギーニ、ギーセン(高価だ)のでっかい焙煎機と、デートリッヒのもっとでっかい焙煎機が二つならんでガンガン焙煎してるらしいぞ。でっかいのが二機だ。こりゃ夏はきっと半死半生の暑さだぞ。それにこちらの大将、お弟子さんらが「職人気質」と評するオーナー焙煎師の清水さんだが、まさしく猛者、すんげえキャリアなんだぞ、ってまた私がドヤ顔になってどうする。
彼の振り出しはスペイン。向こうの焙煎機の工場で働いてたんだそうで、川上にも程があるっていうキャリアスタート地点なんである。再度渡欧しドイツの焙煎機工場でも働かれた後帰国(サッカー好きのみなさんはスペインとドイツから日本ということで、イニエスタとポドルスキーを足して2で割ったような猛者を想像しなければなりません)。今でも豆の買い付けで世界各地を飛び回ってらして、インドの国境地帯から東チモールの電気も水道もない山奥まで滞在されている。すんげえバイタリティなんである。そこで目撃したディープな風景をにこやかに聞かせてくれるのだが、これがまた水曜スペシャル「川口浩探検隊シリーズ」(昭和じゃのう)レベルの面白さなんで、諸君らも是非一枚板の素敵なカウンター(これも高価だと思う)に座って、昭和の音楽共々楽しまれたらよいと思う。
では、昭和な本稿はこれにておしまいとするが、諸君らのロストロ体験がスペクタクルなものになりますように、願っておりますぞ。
あり得ねえ、ロストロ凄すぎワロタ、まじヤバくね?(最後に平成に戻しときました)。