東京を自転車で南北に走るときは、どうしたって何本かの川を渡らざるを得ない。そのせいで何度も坂を上り下りさせられる。真夏なんか辛いわけですよ。上り坂を愛してやまない鍛えられたヒルクライマーのみなさんと違って、こちとら貧弱なエンジンしかつんどりゃせんでしょ、環七とか山手通りとか通るたびに、電動アシスト付き自転車にしとけばよかったと泣き言のひとつも言いたくなる。
だが「道」はある。中野通りである。
渋谷方面へ走るとき、中野通りなら、都バスの中野車庫から南台へ向かう坂さえ登ってしまえば、渋谷区松濤付近で山手通りにぶつかる終点までほぼ平坦といってよい。尾根筋なのだ。今日も朝から中野通りだ。飲み会の始まりに取り敢えずビールっていってしまうのは昭和の習性だが、自転車の走り始めはとりあえず中野通りである。
それに途中で諦めても大丈夫。必ずしも渋谷まで完走しなくても、途中に美味しいコーヒーが多々ある。私のような根性ナシにもってこいなのだよ。
渋谷を目指したものの中野車庫付近で気が変わったら神田川ぞいのTrichromaticへ行こう、甲州街道まで来られたなら緑豊かなPaddlersに変更してもよいし、東北沢駅で心折れたらならロードバイクの壁掛けスタンドがある(!)Streamerでフラットホワイトを、駒場東大付近で漕ぎたくなくなったら住宅街の隠れ家Gratbrown、ほれ、優柔不断な私にぴったりじゃん。そして、誘惑に負けずに山手通りまで完走した優秀な生徒さんには、僕らの楽しい男子校、神泉のHeartsLightが待っているんである。
神泉とはよく言ったものだな。ではこの「神の泉」のほとりまでを人間界ということにしようじゃないか。だが、ここから先は魔物の世界だ。飛び込むような急坂を下って行った先は宇田川町という魔界。そして、諸君、準備はいいか、今日はその魔界をも越えるのだ。越えて目指すは、天女たちが住まうという竜宮城である。魔界を突き抜けた坂の上、竜宮は実在する。
昔ぃ昔ぃ浦島はぁ~♪
さあ、ひと息ついたら唄いながら行こう。勇気凛々、竜宮を目指そう。
行く手を阻む魔物たちは、妖怪「ハチ公前交差点」そして怪獣「宮益坂」である。諸君、怯むな、どちらも手強いが倒せない相手ではない。心を無にして目を合わせないようにすれば襲ってはこない。まずは、道玄坂で勢いをつけて一気にハチ公前をやりすごせ。だが、宮益坂の登坂には気をつけろ。汗でびしょびしょにならないようにしてもらいたい。できるだけ軽いシフトでゆっくりペダルを踏むのだ。
なぜそこに気をつかうのって?そりゃアータ、怒涛の大汗、汁ダク状態で
「ゴ、ゴ、ゴ、ゴービーぐだざい」
って店に入っていくわけにいかないじゃないのさ!天女のみなさんにドン引きされたくないじゃん!なんである。
最寄駅/表参道駅徒歩5分 渋谷駅徒歩7分
所在地/渋谷区渋谷2-8-10 ビル・グーテ青山1F
電話/03-6873-7427
営業日/月〜金9:00~19:00 土祝10:00~19:00 日休
価格/ドリップコーヒー 430円〜
焙煎/TERA COFFEE
BGM/アートな感じで少し古め(90年代?)のポップスやロック
駐輪場/なし
トイレ/ウォシュレットあり
その他/フリーWi-Fiあり、
tintocoffee.jp
天女A「ようお出でくださいましたね。どちらよりお越しくださった?」
人間「へえ、おらは畜生道、いや、人間界のはずれ、高円寺ってとっから参りましただ」
天女A「それはそれは、遠き道のりを、ほほほほ」
おお来たぜ!まじ竜宮だぜ!迎えてくれるのは三人のうるわしき、溢れるやさしさと笑顔の女性たちのうちのひとり、天女さんにもシフトがあろうってもんよ。竜宮ってやつは宮益坂の上、ユーロスペースの裏にあったのだ。人々はここをTinto Coffee と呼ぶ。Tintoとはイタリア語で竜宮を意味する。ウソである。そして、もちろんこのブログに登場するんだからコーヒーがおいしい。
白い小さな店内の真ん中にはシルバーの大きなテーブルがあって、お客さんはそこを囲むように座ってコーヒーを飲むし、バリスタさんもそこでコーヒーを淹れる。マルゾッコのエスプレッソマシーンもカップも豆もなにもかもそのテーブルの上にある。一つのテーブルをバリスタさんとお客さんたちが囲む。彼女たちと私たちを区切る境い目がないんである。我々も天女さんたちの仲間なのだ、タイやヒラメやイワシやサバなのだ(自分でもなに言ってっかわからん)
子供のころ晩御飯が終わったあと諸君らのご母堂は諸君らのために目の前でお茶を淹れてくれたことだろう。わかるかい?ちゃぶ台をかこんであの位置関係なのだよ。この関係がこの店の全てだ。天女さん、いやバリスタさんたちは、家に帰って来た家族にそうするかのようにコーヒーを作ってくれる。この店のファンのみなさんはそういった空気を楽しみ、それに協力するような佇まいをみせながら椅子に座っている。なんてやさしくて和やかな空間…。
浦島さん、いつまででもここにいて下さってよろしいんですのよ…。
こんなの渋谷じゃねえ!俺の知ってるゴミゴミしてて殺伐とした渋谷じゃねえ!てやんでぇ、渋谷にも俺の居場所がちゃんとあるじゃねえか、父ちゃん、今俺は猛烈に感動している、親友の花形くんも泣いてくれているぅぅぅ(嗚咽)
まぁ渋谷と言うよりはもう南青山なんだが、旅路の果て、最後に力を振り絞って宮益坂という魔物を振り切りさえすれば、このおだやかな空間に到達するのだ。
コーヒーのこと。
ハンドドリップ用の豆は、シングルがやや浅煎りと深煎りひと種類ずつ、それにブレンドがひと種類、合計3種類から選べる。自家焙煎ではない。焙煎は大倉山のテラコーヒーによる。この焙煎所、ティントのほかに扱ってるところを私は知らないが、わき目も振らない浅煎りサードウェーブ系ではなく、新鮮味も深みもバランスよくあるが重くない印象。ひっくり返していうと、クリアだが味はしっかり濃く出てる、とても美味しい。誰にでも受け入れられるオーソドックスなところも押さえながら、新鮮な果実味がないとだめなサードウェーブ派もちゃんと楽しめる。
浅めに焙煎されたペルーを飲んだときのことだ。
私には暫定で「あれ」と呼んでいるなかなか説明しづらいコーヒーの味のひとつの要素がある。困ったことに「あれ」のあるコーヒーがわたしゃ大好きでして、だから好きな味を訊かれたときいつも「あれ」について一生懸命説明するんだが、どうもなかなか到達しない。
その「あれ」がこのペルーに少し含有されていた。熟れすぎた桃の酸味?フェンネル?ウゾ?いろんな言い方をしてきたが、前にRostroで「歯磨き粉の味」と説明したときはさすがに爆笑されたぞ。そりゃそうですよねぇ。それでもなんとか私のリクエストに応えてくれちゃうロストロの驚愕の技術については弊ブログのこちらをご覧いただきたい。
「ほら、味の去り際に、アレみたいな、コレみたいな、ソレみたいな、味するじゃないですか、これが好きでして、でも何て説明したらいいかわかんなくて困ってますんです」
「あぁちょっとわかりますよ、うちだとウガンダ(ルワンダだったかな?)にもあるやつだと思います、その味、私、草木っぽいって表現してるんですけど、お客様に説明するときにその部分を強調していいのかどうか、ちょっと躊躇する部分ですよね」
「グラッシー」って呼ばれる味の分類項目があるが、その中の一部分なんだろうと思う。しかし、このテラコーヒーの豆、私は不勉強ゆえここで初めて知ったがうまいっすね。中目黒にお店を出したという話なので、いつか「あれ」を求めて訪ねてみたいと思う。
他所のコーヒーハウスの話題もよく出る。バリスタさん、お店巡りがお好きだったんだそうだ。四谷三丁目、蔵前、松陰神社、あっちこっち、あっちこっち、気に入ったお店、気になるお店の数々、教えてもらったり教えたり。各店の味についての造詣はさすがプロで、その経験で選び抜かれたのがテラコーヒーってことになるのだろう。
けれど自分でお店を始めてからはカフェ巡りをする時間がなかなか取りにくくなったそうだ。それが目下の悩みとか。
「よーし、そういうことならこのイワシ(回遊魚である)の野郎に任せておくんなさい、気になるお店があったら代わりに偵察してきやすんで、姐さんはここでゆっくりしてておくんなさい」(竜宮じゃなくなってるな)
「はははは、でも、そもそもウチの店はどうやって知ったんですか」
「いつもグーグルマップにコーヒーとか自家焙煎とか言葉を突っ込んで探してんですよ。それで見つけました」
「おお!それは今までにないケースだ(笑)。高円寺からっておっしゃってましたよね。でしたら東中野は近いでしょう。あの店はもう行かれました?」
「いや、東中野ですかぁ、なーんにもないと思ってました」
「いやいや、すごいいい店なんですよぉ、あそこ…」
とうい次回予告めいた雰囲気で本稿は終わりにしておこう。